九州の最東端へ

  • 2020.01.16 Thursday
  • 04:43

 

 

アフリカツインでツーリングでござんす。

 

目的地は、九州の最東端

 

 

 

 

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自宅から、佐伯までは高速道路でバビューーン。

 

 

そして 海沿いのリアス式海岸のジグザグ道をひた走り・・・。

 

 

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矢印の 飛び出た岬の端っこを目指します。

 

しかしこの日は夕方からユーリの保育園のお迎えがありましたので、時間に制約がある旅。

 

 

 

(それなのに、なぜ こんな遠い所をチョイスした!?)

 

 

 

そのため往路の写真は殆どありませんでした。(汗)

 

 

まずは岬の突端をいきなり目指すのではなく、

 

地図で見つけた『展望ブリッジ』とやらに寄ってみました。

 

 

 

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正式には 『ミュージアムパーク鶴御崎 展望ブリッジ』というらしい

 

 

ミュージアムという位だから、なにか博物館のような要素があるのだろうか?

 

駐車場はありますが周囲に建物は見当たらず、ちょっと不安になる殺風景さ。

 

 

 

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ここからは写真を交えてご紹介(笑)

 

 

 

 

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駐車場には 最近作ったと思われる 新しい看板が設置されていました。

 

 

 

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なるほど、展望ブリッジ用の駐車場は2か所あって、他方の駐車場の方には

 

ちゃんと自販やトイレ、多目的グラウンドがあるのね。

 

私は何も無い、寂しい方の駐車場に停めちゃったみたいです。

 

 

 

どちらの駐車場からも 展望ブリッジには行ける様なので

 

早速向かってみます。

 

 

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閑散とした場所ではありましたが、歩道は割ときれいに整備されていました。

 

木々に囲まれた山の中の小道。傾斜も緩やかなので

 

里山トレッキング感覚でゆっくり歩きます。

 

 

 

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展望ブリッジに近づくほどに、昔の石垣や 谷側のコンクリート土留め舗装等

 

人の手の入った痕跡が見えてきます。

 

 

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展望ブリッジが見えてくると、散策路も一気にきれいになりました。

 

 

しかし ミュージアム(博物館)らしき建物の類は見えません。

 

 

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なるほど、 そういう事か。

 

この山、展望ブリッジ周辺に点在する戦争史跡が展示物であり、

 

つまりはこの展望ブリッジ一帯自体ががミュージアム!という事の様です。

 

 

 

 

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看板付きで紹介されています。

 

兵舎跡。  

 

残されているのはコンクリートの基礎の様な部分だけです。

 

 

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爆弾や砲弾に耐えられるとは思えない薄さ。

 

先ほどの看板に書かれていたように、

戦時中はコンクリートの材料も限られていたのでしょう。

 

 

 

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コンクリが薄い分、金網のようなもので補強されていた様です。

 

 

 

 

 

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窯かな?  この様な隔絶された辺境の地。

 

炊事場も完備されていて、長期的に滞在できるようになっていたのでしょうね。

 

 

 

 

 

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おや?やけに新しい・・・。  と思ったら

 

これは展望ブリッジへ登るための新設された階段でした。

 

 

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新しい・・・。  といっても 28年前か。

 

 

発注者: 鶴見町  !  

小さな片田舎の漁村が 町単位の予算で作ったとは!

 

 

平成3年に完成という事は、それよりずいぶん前から計画して予算が動いていたことが考えられます。

 

 

 

 

つまり昭和の終わり際〜平成初期に掛けて。

 

 

 

まさにバブル時代のど真ん中。

 

 

 

 

 

 

(↑ 私の バブルのイメージ)

 

 

 

こんな田舎にもバブル景気の波は押し寄せてきていたのですね。  

 

さしずめ この展望ブリッジは戦争史跡を紹介するバブルの史跡(遺産) といった所でしょうか。 

 

 

 

 

まさかこの後 バブルが弾けたり、

 

平成の大統合(平成7年に地方分権一括法制定 市町村合併が始まる)なんてものが起こるとは想像できなかったのでしょうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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さすがにバブルの遺産?  こんな辺境の山奥にも関わらず

 

まるで神殿の様な美しくて凝った作りです。 

 

 

 

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この展望ブリッジにも 戦争史跡が組み込まれていました。

 

 

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大分県側の関崎と四国側の伊予に挟まれた 農予海峡を守るための拠点だった様です。

 

 

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間口の大きさからみて、ここに大砲があった訳ではなく、おそらく敵の距離や方位を観測する場所だったのではないでしょうか。

 

 

知らねーけど。

 

 

 

 

 

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見晴らしが良く、遠くまで見渡せます。

 

ここからこうして美しい風景を眺められるのは、この場所から敵を見張り、国を守る為に戦った人達の礎があったからこそでしょう。

 

 

改めて平和のありがたさを感じます。

 

 

 

 

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ここから九州最東端の岬を見下ろす事が出来ます。

 

 

 

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 岬には美しい白亜の灯台があります。

 

デジカメのズーム機能で観察してみます。

最近はスマートフォンのカメラの性能が良く、ついそちらばかり使いがちですが、ズーム機能はコンデジに軍配が上がりますね。

 

やはり旅やツーリングにはコンデジを同行させたいですね!

 

 

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あそこへは後で行きます。

 

 では、展望デッキからの展望を楽しむ事にしましょう。

 

 

 

 

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 デッキ…。という名称ではなく

 

「展望ブリッジ」でしたね。

 

なるほど ブリッジ=橋 の様に見えます。

 

 

 

 

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まるで天空に架かる橋。

 

平日と言うこともあり、周囲には誰も居ない上、聞こえるのは鳥の囀りだけ…。

 

とても神聖な雰囲気です。

 

 

 

 

 

 

 

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下には先程の戦争史跡

 

 

 

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上方を見渡せば、眼前一面に広がる豊予海峡。

 

ただ美しいだけの眺めではなく

 

なにか考えさせられるものがあります。

 

 

 

 

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ブリッジの反対側からの展望は

 

大分県の県南地域の特徴でもある、リアス式海岸が広がります。

 

 

 

 

 

 

 

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さあ、展望ブリッジを楽しんだ後は、いよいよ九州最東端。

 

岬の灯台へ。

 

 

 

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先ほどの展望ブリッジの駐車場から、わずか5分程で到着です。

 

 

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日豊海岸の国定公園内に位置する 鶴御崎 

 

そこには鶴御崎灯台が設置されています。

 

 

 

 

 

 

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おっと、ここから先ほどまでいた展望ブリッジが見えます。

 

こちらからもデジカメの望遠ズームで見てみましょう。

 

 

 

 

 

 

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おお! なるほど。

 

確かにこうやって見ると、 山の上に橋が架かっている様に見えますね。

 

 

 

 

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戦争史跡である観測棟も見えます。

 

あそこから農予海峡を見張っていたのでしょうね。

 

 

 

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では、灯台の周辺を散策してみましょう。

 

 

 

 

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設備は古く、建物内に立ち入ることはできません。

 

 

 

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灯台と、周辺観光の案内板が設置されていました。

 

この灯台がある場所は、元々海峡を守るための海軍軍事施設『望楼』があったそうです。

 

 

 

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さらに詳しく調べてみると、

 

 

日清戦争開戦を機に明治27年に海軍望楼が設けられ、

 

そのあと昭和17年に15cmカノン砲4門からなる鶴見崎第一砲台が設置されたそうです。

 

 

展望ブリッジの高所にある偵察点から敵を観測して、

 

別の火点(この場所)から攻撃していた。という想像は正解だったようです。

 

 

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なるほど。さすがは元軍事施設。

 

建物は美しい白亜の灯台に似合わない、コンクリート製の重厚な造りになっています。

 

 

 

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ここだけ見ると、

何となく不気味さというか、戦争の恐ろしさの様なイメージを感じます。

 

 

 

 

 

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岬の突端には展望台が設けられていました。

 

 

 

 

 

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この日は天気もよく、絶好の展望が楽しめました。

 

 

 

 

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観光促進のため『恋人の聖地』として売り出しているようですが・・・。

 

他の場所と比べて願掛けの錠前が少ないように思えます。

 

 

何せ場所が場所ですし(最寄りの高速インターから車でも1時間以上掛かる)

 

戦争史跡という事も影響しているのかもしれません

 

 

 

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無人島が見えます。

 

暗礁の様になっているせいか、小さな灯台のようなものが設置されていますね。

 

 

 

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小一時間滞在しましたが、私以外の訪れる人はいませんでした。

 

絶景一人占めでした。

 

 

 

波の音、 時々聞こえる船のトントントンというエンジン音

 

 

 

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私は『平日の県南地域の雰囲気』が大好きです。

 

私が住む山とは違う空気感

 

観光客は疎ら

 

この様な歴史的建物があったり

 

自分が日常から隔絶された様な

 

どこか時間の流れがゆっくりなような気がします。

 

 

 

上手く言えないのですが、寂しいような、どこか懐かしいような・・・。

 

 

そしてその後に訪れる 『ああ・・。やっぱり帰らなきゃな』という虚無感

 

 

そんな感覚が内混ぜになる場所。

 

 

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またいつかブラリと訪問してみたいと思います。

 

おしまい

 

 

 

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コメント
鶴見崎に砲台を築いて、豊後水道を守ろうとした本当の理由。

広島に、呉の海軍港があったから。
豊後水道を押さえられてしまったら、
太平洋に最短で抜ける水路を押さえられてしまうため。

当時の軍部が、必死で豊後水道を守ろうとした思いが、よくよく伝わってきます。

悲しい歴史と、負の遺産ですが、
大切に残していかないといけませんね。

Su―吉も、久しぶりに行ってみよう、
鶴見崎へ・・・
  • Su―吉
  • 2020/02/11 7:34 AM
>SU-吉さん
おお! ぜひその旅、ご同行させて頂きたいです。

歴史探求家のSU-吉さんと巡る 鶴見崎、四浦、丹賀の史跡巡り・・・。 最高に楽しそうです!
  • のびのびノン
  • 2020/02/20 3:01 PM
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